名物男
空前絶後の名物男がいました。
米島徳治さんです。
18で口取を初めて70過ぎまでタツを握り続けられました。
小柄で70を過ぎていても、ふくらはぎは太くパンパンで、真一文字に唇を結び、眼光鋭く馬を見つめていました。
一言で表すなら肝っ玉がハッピを着ているような人でした。
しかし、年齢を重ねられて衰えるのとは逆に馬は農耕馬から道産馬となり大きくなっていきます。
徳治さんの青筋を立てての「追えー、追わんかー!」の声にも私を含め勢子達は、怪我をさせてはと腰が引けるようになりました。
「祭りで死ぬのが本望」といつもおっしゃっていました。
「無事これ名馬」で皆に祝福され口取を、祭りを格好良く終える道もあったでしょうが、それでは納得できなかったのでしょう。
命を失うか、馬を引けない程の怪我をするかしか、祭りを卒えることが出来なかったのでしょう。
ある年の祭り、口を取っている最中に怪我をされ、それが最後の祭りになりました。
その後も長生きをされ、天寿をまっとうされて旅立たれましたが、祭りの色の無い葬儀でした。
それは祭りを離れて長い年月が経ち、徳治さんを知ることの無い者が祭り参加者のほとんどになってしまったからですが、それは私の理想の逝き方でもあります。
自分の事を知る人が一人もいなくなるほど、祭りが続いてくれと心より願います。
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